ブログ 日常にある マナ&プロ のはなし

今朝、エレベーターにせわしなく乗り込みながら思いました。

田舎(里)では時間がゆったりと流れるのに、

なぜこんなに忙しいの?

ドアが開いて、答えが出ました。

「溢れているからだ」

 

物、行事、仕事

様々なものが溢れている毎日に翻弄されている。

(減らさなければ)

そんなことを考えた朝でした。

 

昨日、日本の15歳「読解力」15位に後退(2019.12.3 日本経済新聞)

記事になりました。

 

二極化が進む日本で、経済と同様に

考える力も大差があるように思えてなりません。

 

学生に感想文やレポートを書かせる機会があります。

すぐに書き始める人もいれば、考え込む人もいます。

それは個性であり、悪いことではないと思っています。

しかし、考えた末に1行ほどしか思いつかず

「色々と勉強になった」と書いた場合、すかざす尋ねます。

「色々、ってどんなこと?具体的に書いてみて」というと

思いつかないようで、その1行も消してしまう。

とても心配になります。

 

ただ聞くだけの授業や

ラインなどのsns、動画配信などの普及

変わらない安心感と変われない閉塞感

 

了解を「り」の一文字で返す利便性が

引き換えに、読んで理解する力を奪ったのでしょうか。

 

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